幼なじみ属性のオタク君が徒然なるままに書き綴るブログです。
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筋肉痛が1日遅れで来た男、こうとんです。
こうなってくると誕生日が嬉しくなくなってきますね。年を取ってるっていう感覚がプラスからマイナスになってしまいます。あぁ、懐かしき年齢がバレないかヒヤヒヤしながらエロ本を買ったあの夏の日々。あの若さを取り戻したい。


たまにはローテンションで徒然なるままにひぐらし硯にむかってみようと思います。



自分はオタクでありたいと思っている。自分からオタクを取ったら何も残らないだろうし何の意味も無くなると思う。自分自身のアイデンティティを守るために自分はオタクであり続ける。

では、オタクとはなんなのか。定義を考えてみる。

今まで見た意見・議論で割りと的を射ていたと思うのは「定義付けをするのが好きな人」という意見。うん。確かにそうだ。自分も今定義付けをしようとしている。好きじゃなけりゃこんな議論が延々と続くわけないし。嫌いと思ってる人も心の奥のほうで本人も認識できないぐらいの「好き」が眠っているのだろう。

ただ、自分の考える定義はこれとは違う。
「オタクがオタクと認めた人」
それがオタクだと思う。

ここでポイントなのは、オタクがオタクを認めるということ。非オタが「君はオタクだね」と言っても説得力に欠ける。脳の学者じゃない人がゲーム脳だなんだって言ってるのと同じようなかんじ。専門家が認めないとその分野で認められたことにならない。世間では一般的なこと(なのかな?)。
もちろん、上の条件でオタクと認められるにはそれなりの交流が無ければいけない。語り合うなり創作してみるなり意見をブログに載せるなり、何かしらのアウトプットが必要になる。人間には最初から知識があるわけでは無いので必然的にインプットが必要になる。ここで「ネタ」が必要になる。
オタクがオタクと認めるには濃く深いネタが必要になる。この2者は同等、もしくは認められるほうがより深いネタを持っていなければならない。

だから自分は努力する。インプットを全開まで広げて、得られる情報は全て得て、それを消化し自分のネタにする。自分を認めてもらう為に。
だから労力を伴わないで、ただなすがままに生活してる(自称)オタクを自分は許せない。それはオタクに失礼だ。オタクはそんなに簡単なものじゃない。もっと崇高な尊敬すべき人たち。それがオタクだ。

そう考えると自分はオタクじゃない。まだ富士山で言うところの五合目。車で楽々行ける所に立っているだけだ。

オタクになるために自分は努力し続ける。目指す高みははるか先……
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コメント
この記事へのコメント
オタクは自己言及が好きな訳ですから、こうとんさんはすでに真性なんじゃないですか?是非、本田透レベルまで達して下さい。
2006/06/10(土) 15:18 | URL | 3×3eyes #-[ 編集]
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